3/5page ◆◆
  ◆第2章◆
 思いがけない出会い 
 

 外では確かに争いが起きていました。野次馬に囲まれた二人の男女、一見して戦士と魔女と知れましたが、戦士の方が後ろに徒党を従えているのに対して、魔女の方はひとり。戦士もそれを頼んでか、にやにや笑みを浮かべています。どう見ても、魔女の方が不利でした。
「それじゃ、どうあっても譲る気はねえってんだな?」戦士はがなりました。威圧的な声、人を脅すことに慣れた声でした。
「当り前よ! それが大会の決まりだわ」魔女は目を逸らさず、はっきりと答えたものの、その声には脅えの響きがありました。
「決まりか! だからこうして頼んでるって訳だ。今なら言葉で済むぜ?」戦士は背中の大きな剣を、これみよがしに揺すって見せました。魔女は身を強張らせて半歩下がりましたが、それでも言いました。「……いやよ」
 戦士の顔からにやにや笑いが消えました。背中に手を回し、剣を抜きます。それを見るやウィルは、思わず戦士と魔女の間に飛び出していました。戸惑いが湧き起こったのも一瞬のこと、すぐに野次馬はウィルをはやしたてました。窮地の娘を助ける正義の味方、という訳です。
「なんだおめえは?」戦士がにらみつけました。その声は明らかに怒りを帯びています。不意に風向きが変わるのを警戒しているようでした。
「騎士の務めは弱き者を護ること」小声でウィルは自分に言い聞かせると、戦士をにらみかえしました。
「大勢でひとりを脅すなんて、ひどいじゃないか!」
 正論のつもりでしたが、戦士は仲間たちと顔を見合わせ、またあのにやにや笑いを浮かべました。「ひどいって? とんでもねえ。いいか、そこの魔女はな、俺たちが挑戦しようと大会が始まる前から目を付けてた相手と試合をしようってのさ。横合いから勝手されたんじゃ、俺たちの立場がねえのよ」
「先に挑戦した騎士団が戦う権利を持つ。大会の規則で決められてることだわ!」ウィルの背後から魔女が抗議しました。
「そして挑戦を受けた側は辞退する権利を持つってな。あんな騎士団で戦ったって、どうせ負けるに決まってる。だったら俺たちに権利を譲っても構わねえだろうが」
「そんなこと、やってみないと分からないじゃないか」
 ウィルの言葉は戦士になんの意味もないようでした。
「いいや、勝てっこねえ。誰か腕利きの助っ人でもいれば別だがよ。少なくとも、おめえじゃねえことは確かだな!」
 言うや、戦士はその大きな剣を叩きつけました。野次馬の輪からどよめきが上がります。咄嗟に盾で受けたものの、すぐに別の仲間が襲い掛かりました。ならず者然としていても、彼らはそれなりの力の持ち主でした。魔女の悲鳴が上がります。剣が振り下ろされるまさにその瞬間、ウィルの視界を赤い風が遮りました。
 光が閃き、次いで戦士の戸惑う声がして、それきり辺りはしんと静まり返りました。静寂の中心に揺るぎない人影がたたずんでいました。血の色のマントの上に、夜を切り取ったがごとき黒兜……魔騎士でした。


「……都での私闘は禁じられている」低い、ささやくような声が暗い兜の奥から響きました。しかしそれだけで戦士はうなづいて剣を収め、愛想笑いさえ浮かべました。「思い違いだぜ……その、ふざけてただけなんだ」
 それには応えず、魔騎士はマントを翻して歩み去りました。先ほどまで盛んにはやし立てていた野次馬も声なく後ずさり、恐ろしげにその背を見送るばかり。「……カイム月光騎士団……」誰かが畏敬をこめて言いました。それは恐るべき力を意味する名でした。
 黒と紅の人影が見えなくなるや、戦士がうなり声を上げました。
「ちくしょうめ、えらそうにしやがって。見てろ、いずれその兜に消えねえへこみをつけてやる。俺たちだって伊達にこれを持っちゃいねえんだ」そして懐からなにやら、小さな盾の形をしたものを取り出しました。魔女が驚きの声を上げました。
「“勝者の盾”!」
「そうよ、十分な力を持つ騎士団だけが持つことを許される、強者の証よ。分かったか? 俺たちゃ、おめえらなんかとは格が違うのよ。最強の座に挑む、それが俺たちダルサス剛力騎士団よ!」
「お前らなんかが、なんで最強になれるもんか!」これはウィルの叫びです。
「へえそうかよ? 少なくとも、おめえよりは望みがあるだろうぜ。おめえの騎士団を聞いておいてやる。どこだ?」
 ウィルは答えに窮しました。すると魔女が言いました。「この人はうちの団員、ピーテン騎士団の騎士よ!」戦士に弱味を見せたくなくて、咄嗟にウィルはうなづいてしまいました。しかし戦士は嘲りの笑みを浮かべました。信じていないのは明らかです。
「はっ! 弱者同士気が合うって訳だ。まあいい、今日は見逃してやらあ。だがな、試合で会うことがあったら、きっと後悔させてやる。そうなる前に田舎に帰るんだな!」
 戦士は仲間と共に、野次馬の輪をかき分けて去りました。魔女が言いました。
「あいつら、口先だけじゃなかったのね。ねえ、あなた、さっきうなづいたわよね? 本気なら歓迎するわ。あたしはメネット。ようこそ、ピーテン騎士団へ!」
 いささか強引ではありましたが、ウィルはあえて異を唱えませんでした。戦士への対抗心と、あの魔騎士に対する憧れとが、この短い間に城勤めより強く根を下ろしていました。どうせ仕官はできそうもないし、後は戦士が言ったように田舎に帰るしかないのです。
「うん、やってみよう。あいつらを見返してやろう!」


二人が立ち去ると、野次馬も徐々に散り、やがて何事もなかったかのように、当り前の喧騒が戻りました。最後までその場に残っていたのは、あの宿屋の主人でした。
「なんとまあ、ピーテン騎士団とはねえ。気の毒だが、こりゃ仕官の道は厳しそうだなあ」つぶやくと、首を振り振り、主人は戻っていきました。