◆第3章◆
銀の花


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「イヴィス・アルメセラ……」
 あまりの神々しさに、あたしは柄にもなく古代の言葉をつぶやいた。“月明かりの王冠”。秘密の財宝を掘り当てた時の気分ってこんな感じかな?
 間違いなく、香気の源はこの花だった。香りがなにもかも清めて、一種の聖域を作り上げてた。香気だけでこれだけの効果があるなら、ちゃんと処方すれば、どんなに凄いことになるんだろう? さすが、大魔女の試練に使われるだけあるわね。
 一気に引っこ抜こうと、あたしは近付いた。伝承の通り、生えてるのはたった一株。他には見当たらない。
 その時、視界の隅でなにかが動いた。魔物!?
 反射的に身構えたけど、その心配はいらなかった。ただの兎だったんだ。なあんだ。


 ……ただの兎? 魔物が巣食う山に?
 その時になって、あたしは初めて周りをたくさんの目に取り囲まれていることに気が付いた。兎だけじゃない、小鳥や地鼠、その他、下の森じゃとても生きていけそうもない小さな動物たち。いつの間に現れたんだろう?
 違う、そうじゃない、あたしが花しか見ていなかったんだ。正確には、花の向こうにあるはずの帽子だけを。
 “銀の花”にまつわる知識が頭を駆け巡った。百年周期で生え変わる花。存在するのは常に一輪だけ。その香気は魔を退け、葉と茎の効能は……ああもう!
 花はこの聖域の中心。採れば聖域は消えちゃうんだ。分かりきったこと、当たり前のことよ。だからなに? あたしはこれを持って帰って、大魔女へ近付くんだ。
 なのに小さな目に見つめられて、あたしはひどく居心地の悪さを感じた。まるで盗みを見咎められたみたい。まあ実際その通りだったんだけど。
 あたしはなにをしてるんだろ? 気恥ずかしさをどうにかしようと自問してみた。大魔女になる。それはその通り。けど、それで今の状況は正当化される? お師匠様に言われたから、試練だから大丈夫? それでなる大魔女ってなに? あたしは自由に生きる力が欲しくて、それはつまり、心を痛めたりせずに済む強さを得ることで、それは……無感覚になるのとは違う。多分、ね。
 急になにもかもひどく馬鹿馬鹿しくなった。こんな気分、初めてだったわね。
 あたしは深呼吸をひとつして、花に触れた。涼やかな感触。そして手を引いて背を向けた。

「なんだい、まったくなんて恰好してんのさ」
 もと来た道なき道を用心しいしい、やっとの思いで戻ったあたしを迎えたのはニーザの笑い声だった。門が相変わらず閉じてるところをみると、とっくに諦めて、あたしを待ってたみたい。
「それで? 上に行く道はあったのかい?」
 指先には花弁の感触が残っていたけど、なぜかあたしは本当のことを言わなかった。友だちに嘘をついたんだ。
「上まで行ったけど、ずっと同じ。なにもなかったよ」
「そらご覧! あたしの言った通り。師匠だって間違うことがあるのさ。とんだ無駄骨だよ、まったく!」
 これでけりが付いたとばかり、ニーザは踵を返した。
 とにかくこれで帰れる。それには違いなかったんだけど、あたしの頭の中はお師匠様になんて言おうか、そのことで一杯だった。ニーザの声が遠く聞こえた。
「“銀の花”なんかなくたって、あたしは大魔女になってみせる。忘れるんじゃないよ、ヴィヴィ!」