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 幽霊に出会うのも初めてなら、それに頼まれごとをされるのも初めてだった。
「……つ、つまり、片思いの相手に品物を届け損ねたのが心残りだっていうんだな?」
 夜のスクーレの街を見下ろす丘の陰、上ずった声でレオは言った。後ろでは仲間のオルガが、その巨体を少しでも隠そうとするかのように、身震いしながら縮こまっている。
 眼前に浮かび上がった青白い人影はうなづいた。品は銀の細工物。かつての住いにあるはずで、目印は、はめこまれた青い石だという。
「それを僕たちに頼みたいっていうのか」
 輪郭のはっきりしない腕が、横手の地面の一点を指し示した。
「? そこになにかあるのか?」
 一瞬、亡霊の目が瞬いたように見えたが、透き通った顔越しの星だった。それに気付いた時には、もうその姿は闇に溶けて跡形もなかった。

 恐る恐る、幻の手が指し示した場所を掘ってみると、ひどく古びた皮袋が見つかった。持ち上げるや裂けて、音を立てて金貨が数枚こぼれ落ちた。
「……報酬のつもりかしらね」
 オルガの横にいた少女ミレッタが覗き込んだ。オルガはまだ震えている。
「ど、どうするんだよ。お化け、お化けだぞ。引き受ける気かよ? やめるだろ、やめるだろ? やめよう!」
「死んでも誰かを想い続ける……泣かせる話じゃないか。あたしはやるよ、オルガ! 相手も死んでるかもしれないけど、それならそれで、せめてその品とやらを供えてやるわさ」
「で、でもよう、相手の名前も顔も聞いてねえし……」
「あんただって、あたしのためなら同じことしてくれるだろ? 例えば、あの“ペンダント”……」

「そ、そりゃあ、ミレッタのためだったら、幽霊になろうがなんだろうが、ずっとずっとずっと……」
「じゃあ決まりさ。次の仕事は、幽霊の想い人に贈り物を届けること! いいだろ、レオ?」
「……分かったよ。金受け取ってから、断るのもダサいしな」
 にっこり笑ってミレッタは街の方に歩き始めた。レオも後に続く。
 頼みの綱のミレッタまで行ってしまうのを見て、オルガは深い溜息をついた。三人の間で一度こうなったら、絶対に方針は変わりっこない。
「仕事帰りに、よりによってこんなことになるなんてよぉ、ついてねえなあ……」
 大きな背中を丸めてオルガは二人の後を追いかけていった。遠く、時を告げる時計塔の鐘の音が響いた。

「ここが幽霊の言っていた家。通称“小鬼屋敷”だ」
 スクーレでもとりわけ迷路のように入り組み、昼でも人通りの少ない街外れの一角。三人は黒々とした廃屋の前に立っていた。
 空は白じんでいたが、建物の中は未だ夜。朽ちた戸口を覗き込んで、オルガは身を震わせた。
「な、なあ、やっぱりよお、その、なんだ、やめねえか? ここって有名なお化け屋敷だろ? 噂じゃ、夜な夜な怪しい物音が聞こえるとかなんとか……」
「ここまで来て、そういうこと言うなよ、ダサい奴だな!」
 知りたくもないことを聞かされてレオは怒鳴った。
 頭に昇った血が、わずかながら怖気を弱める。その効果が切れないうちにとばかり、レオは暗い戸口を潜った。ミレッタがそれに続いた。
「オルガ!」

 最後に戸口の向こうからの叱咤に追い立てられるようにして飛び込む剣闘士の巨体を、暗がりが飲み込んだ。