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 建物の中は薄暗く、窓という窓は板で塞がれて、外の気配を締め出していた。一歩進むごとに、足元で板のきしむ音が上がる。朝を告げる鐘が遠く聞こえた。
「……随分、古いな。何十年どころじゃないぞ」
「おまけに相当、徹底して荒らされてるわさ。ほとんどなにも残ってないじゃない」
「なにもねえよ。早く帰ろう」
 しらみつぶしに回ってみたものの、覗いた部屋の大半は、文字通り空っぽだった。
 一部屋だけ目を引くものがあった。ごく普通の小部屋に過ぎなかったが、床の一部がはがされていて、周囲に書類らしきものが散乱していた。
「なんだこれ。……図面?」


 「これってもしかして、スクーレの時計塔? なんでこんなものが?」
「他も建物の図面ばかりだ。見覚えのあるのもあるぞ。あいつ、建築家の幽霊だったのか?」

「な、なあ、箱があるんだけどよ、空だぜ」
 オルガの言う通り、床穴の底に、ふたの外れた小箱が転がっていた。露わになった中は確かに空。
「盗まれたのかな。……あれ? ここ動くぞ」
 カチリと音がして、箱の底がずれた。二重底のからくりの奥にせまい空洞がある。
 中には一枚の図面。ただし建物ではない。
 木の葉をあしらった精緻な意匠。中心に鮮やかな青が描き込まれている。

「首飾りみたいだわね」
「青……宝石かな。例の品物の図か?」
「それじゃ、やっぱりこの箱の中にあったんだわさ。どうする? 多分もうこれ以上、手がかりはここにはないよ」
「とりあえず、この家と住人のことをもっと調べよう。この図面についてもだ」
「なら、手分けしてやるわさ。昼に“笑う赤竜”亭に集合ね。いくよ、オルガ!」
「とほほ……やっと寝れると思ったのによう……」

「♪剣闘士、忘れちゃならねえ、三つの掟、鉄の兜に鉄の球、一番大事は鋼の笑い……」
 昼の鐘を伴奏に、鼻歌を歌いながら、オルガは湯気をあげる大きな魚を盛った大皿を、うれしそうに自分の前に置いた。“笑う赤竜”亭名物の魚料理、といえば聞こえはいいが、河の街スクーレで、どうしてこうも飽きずにいられるのか、レオはげんなりした。



「あきれた奴だな、一人でそんなに食べるつもりか?」
「へへ、腹が減っちゃ、仕事はできねえよぅ。おお、この酢漬けの香り、たまらねえ! お前も食うか?」
「いるかそんなの。それよりちゃんと調べてきたんだろうな」
「おう、それは、ムググ、大丈夫、抜かりはねえよ。うん、うめえ!」
「話すか食べるかにしろよ、ダサいな!」
 咳払いしてミレッタが答えた。
「……あの家の持ち主だけどね、やっぱり有名な建築家だったらしいわさ。建築だけじゃない、例えば、この料理皿だって、その人の意匠だっていうわさ。天才ね」


「それなんだけど、ギルドの幹部やってる金持ちが、その孫にあたるらしいんだ」
「じゃあ、そのお偉いさんが例の首飾りを持ってるかもしれないってこと?」
「やべえよ、ギルド幹部はやべえ。下手してにらまれたら大変だ。盗むなんてとんでもねえ」
「誰もそんなこと言ってないだろ。正面から訪ねてみるさ」
「それだってやべえよ。やべえ、やべえやべえ……」
「怖いのかよ、ダサいやつだな。だったら僕ひとりで行ってくる。二人はここで待ってろよ!」

 時計塔の鐘が次の時を告げる頃、レオはひとり、左右に長大な塀を従えた大きな門の前にいた。その壁色から“青の館”と呼ばれる砦のごとき威圧的な建物。
 ミレッタとオルガは店にいる。本当にひとりで送り出すなんて、なんて白状な奴らなんだ。ひょっとして、僕はひどく向こう見ずな真似をしようとしているんだろうか? 一瞬そんな考えがよぎったが、頭を振って、門の鉄輪をレオは叩いた……