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 夕暮れの天に突き立つ時計塔は、それ自体、一本の巨大な不動の針を思わせた。スクーレの街が今よりはるかに小さかった頃、時計塔はすでにここにあって、河と丘とを見下ろしていた。スクーレの誰もがその存在を知りながら、誰ひとりその由来を知らない時計塔。レオたち三人は、その塔の前にやってきた。
「……できればここには来たくなかったぜ」
 まるで誰かに聞かれるのを恐れるかのように、小声でオルガが言った。
「仕方ないさ、もし本当に首飾りの届け先がここなら、来るのがあたしらの仕事だわさ」

「どなた?」
 時計塔から現れた少女、ないし少女と見える者は言った。時計塔そのもの同様、謎めいた塔の主。
「あんたに言付けがあるんだ。これ、あんたのだろ?」

 ミレッタが差し出した首飾りを、正しくはそこに嵌め込まれた石を見て、少女の目が微かに揺らいだ。
「これ……どこでこれを?」
 レオが幽霊の事を告げると少女は小さくうなずいて語った。
「……その昔、若き天才建築家がいた。でも彼の才能を恐れ妬んだ彼の師は、彼を殺してしまった。彼の残したものはすべて師の名声に変わったわ」
 少女は首飾りに目を落とした。
「あたしにはなにもできなかった。なのに、ずっと覚えていたのね……」
「これを持っていた奴は、取られた途端、年食って死んだわさ」
「そう……この石は、時のない世界から来たものだから……そういうこともあるかもしれない」
 どこから出したのか、少女は花を一輪、首飾りに添えた。見たこともない美しくもはかなげな花。これも彼女の言う、石と同じ“世界”から来たのだろうか。
「なあ、ひょっとしてその師匠って……」
 レオの言葉は少女に遮られた。独り言のような呟き。視線は街の方に向けられていた。
「人は……わずか百年前に生きた人の名前さえ覚えてはいられない。でも、彼が築いたものは、今も残っている。そして私は覚えているわ。たくさんの思い出の中に。ありがとう、さようなら」
 三人の前で静かに扉が閉じられた。
 謎めいた言葉をどう解釈してよいのか分からず、三人は顔を見合わせた。

「現れないな」
 星空の下、レオたちは、あの最初に幽霊に出あった郊外の丘にいた。オルガは嫌がったが、仕事の完了を報告するためにやってきたのだった。
 だが時計塔を後にしてから、一晩中待ったにも関わらず、幽霊が現れる気配はない。
「もうじき夜が明けるわね」
 東の空を見ながらミレッタが言った。
 やがて金色の光が地平から音もなく溢れた。空が薔薇色に染まる。

「朝だ……」
 疲れた声でレオが言った。
「見て!」
 その時になって、三人は初めて幽霊がいた場所が、少しばかり盛り上がっていることに気が付いた。その上に小振りの石が、なにかの目印のように置かれている。とても古い。そしてその石に添えられるようにして……
「おい、この花って……」
 見覚えのある花が一輪、朝日を受けてきらめいていた。この世ならぬ不思議の花。芳しい香りが朝の気配に溶け出していた。
 オルガが頭を垂れた。
 何も言わず、レオは竪琴を取り出し、静かに弾き始めた。澄んだ音色が、花の香りに染み込んでいく。
 それに応えるように、遠くで夜明けを告げる鐘の音が響いた。





絵:氏縄 勝之 . 磯 桂子

文:奥田 孝明

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