3/4 ◇◆◆◆
「……あたしはやめるつもりないからね」
 仕事への道すがら、私に出会ったアリエノは考えられる限りの不機嫌そうな声で言った。
 彼女の意志は先刻承知。理屈ではないところで私は彼女がそうすることを理解していた。
 なら、どうしてこんなことをしているのだろう。こうなった以上、彼女が失敗するまで、私のすることは何も無い。なのにこうして姿を見せ、敵意ある視線を向けられている。なんのために?
 よく分からない。分からないままに、私は言った。
「この仕事はあんたには無理だ。ギルドはそれを承知でやらせようとしている。あんたをクビにするために」
「分かってるって言ったはずよ」予想通りの返事。「それでもやるしかないの。大丈夫、簡単にギルドの思い通りになんかさせないわ。何日もかけて取っておきのを準備してきたんだから。うまく行けば、どんな魔物だってイチコロよ」
 うまく行けば。そうならなければ、クビになる暇すらないだろう。だが威勢のいい言葉に、微かな震えが紛れているのを私は聞き逃さなかった。どうやらまるきり無知という訳ではないらしい。だからといって、止めようとしない以上、同じことだったが。
「あんたがしくじれば、私が後始末することになるんだ。付いていかせてもらう」
「勝手にすれば? あたしは行くからね!」

「この辺で一休みすることにするわ」
 わざわざ私に断りを入れる必要もないだろうに、アリエノはそう言って、道端の木陰にもたれた。息をあえがせ、汗をぬぐっている。
 これで何度目かの休憩だろうか。こんな調子では、目的地に着く前に力尽きてしまいそうだった。
 私ひとりなら、今頃は向こうに着いているだろう。ここまで来ると、さっさとアリエノを置いて、魔物を倒してしまってもよさそうなものだったが、なぜかそれをせずに私はアリエノの歩調に合わせていた。
「……ねえ」不意に彼女が話し掛けてきた。
「ユマはどうしてこんな仕事してるの? ユマほどの腕利きなら、もっとまともな働き口いくらでもあるんじゃない?」
「別に。深い理由なんてない」
「結構安い報酬でも請け負うって聞いたわ。変わってるわね」
「別にただ働きをする訳じゃない。ただ……」
 分不相応の富は人を変える。その言葉を私は飲み込んだ。
 古い記憶が甦った。懐かしく優しい顔。醜く歪んでしまった顔。どちらも同じ顔だった。
 私の沈黙をどう解釈したのか、それ以上、アリエノも聞こうとはせず、黙り込んだ。頃合いを見計らって私は木陰から出た。
「そろそろいいだろう。行こう」
「ちょ、ちょっと、勝手に仕切らないでよ!」
 大股で追い越していくアリエノの後姿に、奇妙な既視感を感じながら、私は歩き出した。

ようやく辿り着いた先は、訪れる者とていない廃墟だった。かつては神殿かなにかだったのだろうが、今は完全に死んでいた。正しくは、標的の魔物のみが棲み潜んでいるはずだった。さらに言えば、わざわざ討伐する必要があるとは思えない、ギルドの真意が透けて見えるような場所だった。
「ここからはあたしの仕事。付いてこないでよね」
 私がうなずくと、アリエノはひとり、折れた中列の間へと入っていった。完全に見えなくなるのを待って、行動を開始する。
 音を立てず、地に影を落とさず、壁から壁へ、柱から柱へと私は跳んだ。視界の下方で、アリエノが後ろに流れていくのが見えた。
 やがて倒壊寸前の石材に囲まれて、魔物がいた。気配を殺したまま様子を窺う。どうやら寝ているらしい。周囲を見渡す。……“見えた”。
 無意識に手が爆薬を握っていた。昔から不思議と、効果的に爆破するにはどこを狙えばよいか、勘が働いた。適当にやったつもりでも、仕損じたことはほとんどない。それこそが私を支えてきた最大の力だった。
 どこにどれだけの爆薬を仕掛ければ、労せず獲物を仕留めることができるか、私はすぐに理解した。
 そこへアリエノが現れた。危なっかしい足取りでやってきて、いきなり見つけた魔物に声を上げそうになる。
 どうにかそれを抑え、状況を把握すると、例の如く床に色々と並べて準備を始めた。相変わらずたどたどしい。
 もどかしかったが、相手が寝ているうちなら、アリエノにも勝機があるように思えた。
 長い数分が過ぎ、どうやら準備も終わりそう、というまさにその時、甲高い音が響いた。他のものに注意をとられたアリエノの肘が、傍らに置いた硝子瓶を打ち倒し、割ってしまったのだ。
 大した音ではなかったが、アリエノの詠唱よりは大きく、魔物の眠りを覚ますにも充分だった。
 魔物は直ちに目の前の少女に気付き、凄まじい咆哮を上げた。アリエノが縮み上がる。


 取り乱したアリエノは魔法を放った。儀式は完了していたろうか? 光が走り……かぼそい流れのそれは魔物の表皮に当たって、ささやかな花火を散らした。それが魔物を余計激昂させる。失敗。
 アリエノは彫像のように立ち尽くした。絶望のあまりか、逃げようともしない。
 失敗どころか、このままじゃ喰われる。どうする、ユマ・ランカン!?
 気が付くと、私は幾つかの爆薬を投じていた。魔物の咆哮で掻き消されるような小さな爆発が数回、しかし周囲の壁や柱を倒壊させるには充分だった。傍目には魔物が自分で埋もれたと見えたはず。命の危機にさらされていれば、なおさら気付かないだろう。
 魔物が下敷きになるのを見て、今のうちとばかり、アリエノが再び準備に取り掛かる。瓦礫の下では魔物がうなっている。必死の形相で呪文を唱えるアリエノ。なにか手違いをしでかすたびに、一層表情が険しくなる。まるで敵は魔物ではなく、自分自身だとでもいうように。
 石の塊が弾け飛び、魔物が飛び出した。まるで応えた様子がない。私は再び爆薬を握った。だが、アリエノも儀式を終えた。さっきより速い。
 魔物が口を開き息を吸い込むのと同時に、アリエノが力の言葉を叫んだ。引き絞られた魔力が解き放たれる。
 光が溢れて廃墟を貫いた。
 凄まじい咆哮と轟音。
 そして一切が見えなくなった。