よし、お湯が沸いてきたぞ。本当はお店に帰ってからゆっくり調理したかったんだけど、町を出た途端にあの人が現われて「早く食べさせろ!」って怒るから、急いで近くの川べりに来て調理を始めたわけさ。きれいな水があって良かった。
 僕はソラーリ茸の包みを取り出した。お祖父さんがあれだけ欲しがっていたソラーリ茸、一体どんな物なんだろう?


 包みを開けた途端、鮮烈な香りが一面に広がった。まるでここだけもう一度春が訪れたようだ。これはすごい! これだけ強い清々しさを持った食材は見たことないよ。この香りを生かすには、えーと今手元にあるのは紫ひつじの肉と黒さんまの塩漬け……。うーんだめだ、どれもあの香りに飲まれちゃう。こうなるとやっぱりスープかな。黄金貝の干物をだしに使えばきっと合うぞ。ん? 今、何か物音がしなかったか?
 まぁいいや、そんなことより問題はスープの具だ。このキノコだけでも充分かもしれないけど、何か薬味を合わせればもっと美味しい物になりそうなんだ。あぁ、レシピにはこういう香りの強い物は使われてなかったから分からないよ! どうしよう、何かこの香りに見合う物はないかな? お、また何か聞こえた。しかも、さっきより大きかったような? 何だかしらないけど、人が考え事をしている時にうるさいったらないよ。
 あれ? そういえば『赤い家』の主人が何か言ってたような。えーと、封を開けると魔物を呼び寄せるって言ったっけ。……ということは?
 いやな予感がして振り向いた僕の目の前に、茂みから出てきた大きな黒い影が広がる。ま、魔物だ! もしかして、祖父さんもこんな風に追われて!? いや、そんなことより逃げなきゃ! でももう間に合わない! 誰か助けてっ!
 今まさに飛び掛られる、と思った瞬間、凄まじい音と光が僕のすぐそばで炸裂した。僕は魔物の恐怖と、その音と光への驚きとで硬直してしまっていた。
「早く調理しなさいよ! 魔物はあたしが面倒見るから!」
 僕は正気を取り戻した。あわてて辺りを見回すと、魔物は尻尾から煙をあげて逃げ出していた。あの人が助けてくれたんだ! 良かった、本当に凄い人で!
「早く調理に戻りなさいってば。いいかげん怒るわよ!」
「はいっ!」
 とりあえず僕は僕の仕事をしよう。あとは薬味さえ決まればかなりの物になるはずなんだから! でも、手持ちの物にはあまりめぼしい物がないんだよな。そもそもそんな特殊な物は持ってきて……待てよ、リロの実がある! これを使うとコクが出るんだけど、臭みがあるからなかなか使いどころが難しいんだよね。好きな人は好きだけど、ダメな人はまったくダメっていう感じで。でも、これを炒めて隠し味として使えばいけるかも!?
「できた!」
 料理の完成と共に、自分でも驚くほど力強い声が出た。
「やっとできた、でしょ。まぁいいわ、味見してみて、もし美味しくなかったら……」
「美味しくなかったら、煮るなり焼くなり好きにしていいですよ!」
 あの人のイジワルな言葉も全然気にならない。味見していて分かったんだ、これなら祖父さんや父さんのどのレシピにも負けてないって!
 スープをお皿に盛り付けた。
「“ソラーリ茸のスープ、黄金貝仕立て”でございます」
 あの人がスプーンでスープをすくう。香りをたしかめてから口に運んだ。さあ、なんて言ってくれる!?
「……なにこれ?」
 えっ? そんなはずは、
「美味しいじゃない! あんたの店で今までに食べたどの料理よりも美味しいわよ!」
 よしっ! そうこなくちゃ!
「このコクは……リロの実ね。あんたよくこんなもの持ち歩いてたわね。あたしだってほとんど食べないのよ、なんか臭いし。でも不思議とこれは大丈夫!」
 リロの実を知ってるなんて、やっぱりかなりの食通なんだな。でもそういう人にも誉めてもらえる料理を作れたんだ! しかも、レシピなしで!
「あんた、ちゃんと仕事すればこれだけ美味しい物が作れるんだから、普段からちゃんとしておきなさいよ!」
「ありがとうございますっ!」
 僕は笑顔で答えた。あの人も笑っている。良かった、満足させられたみたいだ。
「またあんたの店に行くから、そのときまたこの料理を食べさせてよね」
「いや実はこれは、このキノコを手に入れた後、何年も乾燥させないと作れないんです」
「別に、今日、明日行くわけじゃないわ。何年後か、何十年後か。もしかしたらあんたの子供や孫の代になるかもね」
 相変わらず不思議な事を言う人だ。でも、それが嘘じゃないってことが僕には分かる。
「また魔物が襲ってくるかもしれませんよ」
「その時はまた、あたしがなんとかしてあげるわ。じゃあね、期待してるわよ」
 そう言うとあの人は立ち去ってしまった。
「今度は、また別の美味しい料理を出しますよ」
 遠ざかる背中に向かって僕はつぶやいた。実際、新しい料理のことを考えるのは楽しいしね。今まで感じていた物足りなさって、こういう「楽しい」ことがなかったからなのかな?
 こんな気持ちになれたのもあの人のおかげだよ。あれ? そういえばあの人の名前も聞いてなかったよ。
 さて、僕も帰ろう。まっすぐ帰れば五日もかからないかな。でも、その前に……。
「おーい、帰ったぞー」
 何週間ぶりかで自分の店に帰ってきた僕は、大声をあげた。背中に、食材がいっぱい入った大きな風呂敷包みを背負って。回り道にはなったけど、レシピには載ってない物がたくさん手に入ったぞ!
「さーて、早速新しいメニュー作りにとりかかるかな!」
絵:氏縄 勝之 . 磯 桂子
文:山下 日光
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