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「にくいやつなんか、いねえよう」
 巨人の答えにブーブたちは不満げに顔をしかめました。魔法使いの謎かけの言う“憎き名”の心当たりを尋ねたのです。
「嫌いなやつだぞっ!?」「ダゾッ!」「ッ!」
「きらいな……ああ!」
 大きな手を打ち合わせて巨人は叫びました。
「おらの尻、刺したハチがいたよう。あいつはきらいだあ!」
「……」
「あと、歩いてたら、おらの足ひっかけた根っこがあってよ。おら、頭きて、ひっこ抜いてやった」
「…………」
 さっぱり要領を得ない答えっぷりに、さすがのブーブたちもお手上げです。巨人の方も、自分が期待に応えられなかったと感じたのか、それきり黙りこんでしまいました。
 ぽちゃん!
 石を投げると、それはちょうど映り込んだ月に落ちて、波紋を広げました。
 波が月の像をかき乱したので、巨人は不満そうな声をあげました。
「月が見えねえ、やめろ、やめろ!」
 そのまじめくさった様子が面白くて、ブーブはつい、からかってやりたくなりました。
「しまいこまれてるんだろ? 月を割ったら下から出てくるかもしれないぞっ!」
 巨人はちょっと考え込みました。
「お……? おお! そうか! 月の下かあ!」
 言うが早いか、巨人は池に身を躍らせました。
 どっぱーん!
 大きな水柱が上がり、ブーブたちは歓声を上げました。水面の月は幾重にも輪となって広がり、岸へと押し寄せました。波が土手に当たるや派手な水しぶきが上がりました。
 頭からかぶった三人は文字通りずぶぬれ、目をぱちくりさせました。でもそれも一瞬のこと、すぐにお互いの有様にけらけらと声を立てて大笑いです。
「ああ、なんてことだあ!」
 池の真ん中で、しずくをしたたらせながら巨人が叫びました。
 見れば池の水が流れ出しています。飛び込んだ時の波が、河をせき止めていた堤防まで押し流してしまったのです。堤防といっても適当に木や岩を重ねただけの代物、あっけないものでした。
 ごうごうと水の音が鳴り響きます。
 慌てふためく巨人をよそに、池の水位はどんどん下がり、やがて少しばかり幅が広いだけの、元の河の一部になってしまいました。



 ブーブたちは岸辺に腰を下ろしていました。巨人は少し離れたところでしょげかえっています。めずらしく三人も気まずさを感じて、声をかけることができません。
 今や河は元通り、緩やかに流れています。月だけが変わらず、その水面に映り込んでいました。流れで水面が波打つと、映った月も揺らめきます。
 ブーブは空を見上げました。空の月はあんなにしゃんとしてるのに、河の月はなんて頼りないんだろう。
「♪空のまんまる、とっても固い、
河のまんまる、やわらかい
いつもふにゃふにゃ、裏返し……」

 おや? ブーブは自分の口にした言葉に引っかかりました。もう一度、空を見上げ、それからまた水面を見ました。
「映ってる月は裏返し……裏返し?」
 魔法使いはなんて言っていたでしょうか?
“……鍵とすべきは……水面に映じた月……”
 ブーブの中でひらめくものがありました。
「“さかさま”だっ!」
 ブーブは叫びました。
 ポロとカプーも気付いて一緒に叫びました。
「サカサマッ! サカサマッ!」
「“憎い”のさかさまっ!」
 三人は巨人のもとに走っていきました。
「もう、ほうっておいてくれよう……」
「憎くないやつ誰だっ!?」「誰ダッ!」「ッ!」
「にくくない……?」
 どうも意味が分かっていないみたいです。
「嫌いじゃないやつ、好きなやつ!」
「すき……」
 まるでそんな言葉、初めて聞いた、というように、巨人は空を仰ぎました。月はもうだいぶ傾いています。それよりも目に止まったのは、あの小さな蒼い星。もじゃもじゃの赤毛ごしにもよく見えました。
 不意に巨人の心の中に、ある言葉が浮かんできました。それは今の今まで浮かばなかったのが不思議なくらい、なじみ深く、なつかしい言葉でした。
 涙が止まりました。
 星を見つめたまま、巨人はゆっくりとつぶやきました。
 そして……

 夜の山に、だしぬけに音もなく昼が爆発しました。まるでそこに小さな太陽が現れたかのような、金色の輝きです。
 輝きは巨人のいた場所から発せられていました。でももう巨人の姿は見せません。光に溶けてしまったのか、光そのものになってしまったのか、どのみち、まぶしくてとても確かめることはできません。
 あふれる光の洪水の中、どこか遠くで小さなガラスが割れるような音を、ブーブたちは聞いたように思いました。