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 バタン!
 わたしは自分の部屋に飛び込んだ。どうしたらいいんだろう。ぺたんと床にへたり込むと、いつものようにムイムイがひょい、とわたしの膝の上に乗ってきた。
「……ねえ、どうしたらいいのかな、ひどい人なのかも知れないけど、わたしを助けてくれた人なんだ。わたし、助けたい。でも、どうしたらいいんだろう」
 ムイムイ相手に、わたしはひとりでまくしたてた。
 ひとしきりしゃべったら、なんだか落ち着いてきたみたい。なんとかしなきゃ。わたしは必死に考えた。
「あいつらをやっつけることはできないけど、イゴールに知らせることはできるかも。でも話を聞いてくれるかなあ。それにあいつらを先回りしなきゃ」
 するとムイムイはぴょんと飛んで、部屋の隅の物陰に隠れてしまった。やっぱり、ムイムイには難しい話だったのかなあ。
 そしたら、また現れたんだ。そしてその後から、他のムイムイたちも。そこだけじゃない、ベッドの下から、棚の陰から、次々に現れてくる。どこにこんなにいたんだろ? こんな沢山のムイムイを見たのは初めてだった。すぐにわたしの部屋はムイムイで一杯になった。
「みんな……手伝ってくれるの?」
 返事の代わりに、ムイムイたちはわっと集まって、わたしをすっぽり包み込んだ。何も見えない、だけど、なんだかとっても安心できた。
 ムイムイの壁が崩れた。また見えるようになった。びっくりしたことに、そこはわたしの部屋じゃなかった!

「ここは……どこ?」
 わたしが言うと、ムイムイたちは一斉に部屋の一方の扉の方を向いた。そうっと近付くと、なんだか苦しそうなうめき声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。
 イゴール! ここはイゴールの部屋なんだ。どうやってか分からないけど、ムイムイたちはわたしをイゴールの部屋まで運んでくれたんだ。イゴールはこの扉の向こうで寝てる。声からして、怪我の話は本当だったみたい。
 起しに入った方がいいのかな? でも怒らないかな。
 わたしが迷っていると、不意にムイムイたちが飛び上がって、四方八方の物陰に隠れてしまった。
「どうしたの?」
 ムイムイたちは物陰から、さっきとは逆の壁の方を向いた。そこにも扉があったんだけど、その向こうで人の話し声が聞こえてきた。あいつらだ!
 鍵を開けようとする音がした。
 わたしは咄嗟に、近くの机の上にあったロープをつかむと、なるべく音を立てないように用心しながら、一方の端を机の脚に引っ掛けた。反対側を握って、扉の横にしゃがみこむ。
 まさにその瞬間、扉が開いて、ごろつきたちがなだれ込んできた。今だ!
 わたしは無我夢中で思いっきりロープを引っ張った。
 先頭が足を取られて倒れこみ、後ろの連中がその上に続いた。罵声、それと引っ張られて机がひっくり返り、騒々しい音を立てた。
 逃げようとしたけど、すぐ捕まっちゃった。あいつらにもわたしが誰なのか、分かったみたい。必死にもがいたけど、どうにもならない。
「お前か! “狂犬”の連れだからっていい気になってられんのも、今日までだ。今から、やつをバラす、そうしたら次は……」
「誰をどうするって?」
 ぎょっとして、ごろつきの動きが止まった。全員の視線が声の方を向く。
 イゴールが戸口に立っていた。抜き身の大剣を担いで、仁王立ち。どこも怪我なんかしてないように見えた。
 不意打ちしか考えていなかったごろつきたちは、完全にうろたえた。目の前に標的がいるのに、ここにいる言い訳をなんとかしてひねり出そうとしてるみたいだった。
「今回は見逃してやる……失せろ」
 にらみつけるその顔の、迫力のもの凄さと言ったら! ごろつきたちは悲鳴を上げながら、武器も捨てて、我先にと出口に殺到した。

 ごろつきたちが退散して見えなくなるまで、イゴールは姿勢を崩さなかった。でも見えなくなった途端に、苦しそうに奥のベッドに倒れこんだ。やっぱり辛かったんだ。わたしは慌てて駆け寄った。部屋の片隅に、まだ乾いてない血の付いた包帯が無造作に捨ててあった。

「そのロープ……そうか、お前が奴らを足止めしてくれたって訳か。……なぜだ?」
「あ、あ、あの、前に助けてくれたから、それで……」
 イゴールは微かに首を傾げた。覚えてないみたい。無理もないけどね。彼は自嘲気味に笑った。
「へっ、俺も焼きが回ったもんだ、こんなガキに借りが出来るたぁな」
「ガキじゃないよ、わたし、マキ」
「……マキ、そこの机の上の袋の中身を出しな」
 中に入っていたのは、赤くとげとげした気味の悪い草。
「そいつはムカデ草だ。鍋に入れて煎じろ」
 言われた通り、お湯を沸かして入れてみると、すぐにお湯が血のように赤黒く濁ってきた。
 しばらくして、器に移したその煎じ汁に、彼は口を付けた。まずそうに顔をしかめたけど、一気に飲み込む。
「……お薬なの?」
「そんなところだ。お前も飲んでおけ」
 恐る恐る口に含んだけど、とっても変な味だった。大丈夫かな、イゴールも飲んだんだから、毒ってことはないと思うけど……。
「弱った体を回復させるには、これが一番効く。覚えとけ」
 ああ、そうなんだ、ってわたしは思った。毒じゃないってことがじゃないよ。この人が、悪いことしか知らない訳じゃないってことが分かったことがだよ。だって目の前にいるのは“狂犬”だったんだから。
 ふと疑問が湧いた。
「……ねえ、あの噂って本当? たくさん殺したっていう……」

「どの噂のことか、心当たりが多すぎて分からねえが、たくさん殺したってのは間違いじゃねえ」
 ちょっとだけ心が冷えた。
「どうして? どうして殺すの?」
「ああ? 殺したいから殺したんだ。でなきゃ殺されねえために殺すんだ。それだけだ」
 何度も聞いた“狂犬”の噂。でも、それと今、目の前で横になってうめいてる人は、なぜか噛み合わない気がした。
「本当は……本当はなんでなの?」
 でもそれがなぜか彼を苛立たせたみたい。他人を脅すためとかじゃない、初めて見る彼自身の感情だった。
「うるせえガキだ。借りだの忘れて殺してやろうか」
「マキだってば」
「ちっ、体が自由なら、とっくに殺してるところだ」
 でもそれきりイゴールはなにも言わず、やがて寝てしまった。

 自分の部屋に戻る途中、またごろつきたちに出くわすんじゃないかって、心配したけど、大丈夫だった。ムイムイたちも姿を消してたけど、先に戻ったんだって思った。わたしを運んでくれた時みたいにね。
 初めてムイムイ以外の友だちができた。その時のわたしはそんなうれしい気分だった。

 部屋の扉を開けた。誰もいなかった。あれだけいたムイムイも。なんだか部屋が変にがらんとした気がしたけど、その時は気にも留めなかった。ムイムイも疲れたんだと思ったんだ。がんばってくれたんだもの。
 きっと明日、また会えるよ。