子供の頃のことはよく覚えていない。気が付いた時には、教会の息苦しい生活の中にいたんだ。
 とにかく退屈な日々だった! 祈りと説教。朝から晩まで同じことの繰り返し。だから信徒たちの道中を警護する僧兵隊が作られることになった時は、まっさきに志願したもんさ。

 
 外の空気は気持ちがよかった。それに山や森で出くわす魔物や野盗どもとの戦いは、石の館の中では決して味わえない興奮を与えてくれた。戦いに熱くなりすぎて、守るべき信徒たちそっちのけで深追いして、後でこっぴどく叱られたこともしばしばだった。
 だが、そうやって外の生活が増えれば増えるほど、教会の中のそれは耐え難いものになっていった。第一、襲われたら撃退するっていう、その方針が気に入らなかった。こっちから討って出れば、余計な被害も減らせるってもんじゃないか? 何度もそう言って掛け合ったが、取り合っちゃくれない。それは教会の教えに反する、という訳だ。付き合いきれねえ。
 そういう次第で、俺は長年世話になった教会を飛び出した。腕一本でなんだってやってのけられる、そんな気分だったのさ。
 それからの俺は、もっぱら雇われ僧兵、早い話が傭兵稼業だった。街だろうと、街道だろうと、魔物の騒ぎには事欠かなかったから、食いっぱぐれる心配はまったくなかった。随分、あちこち出向いたもんだ。
 だが、物事がうまく行き過ぎると、調子に乗っちまうのが、人間ってやつの困ったところだ。
 ある時、俺は仲間と一緒に魔物を追い立てていた。その前の戦闘があっけなかったこともあって、油断していたんだな。気が付くと、俺は仲間から離れて、ひとり突出していたんだ。
 やばい、と思った時には遅かった。魔物もこっちがひとりだと見るや、すかさず反撃に転じてきた。いくら弱い魔物だろうと、ひとりで相手するのは、骨が折れる。俺は慌てて構えたが、一撃喰らって打ち倒されちまった。
 ここで逃げればよかったんだが、頭に血が登った俺は叫びながら立ち上がって、突っ込んでいった。魔物の方はといえば、余裕たっぷりで待ち受けている。

 本当なら俺はここで死んでいた。


 後で思い起こしても、俺の鎚より魔物の爪の方が先に獲物に届いていたのは間違いない。多分、その時の俺も覚悟はしていたはずだ。
 だが、死の一撃が来るより早く、予想だにしなかった衝撃が襲ってきた。それも真横からだ。
 無様に転がり、痛みに悪態をついた俺の目の前で、白い影が踊った。それが若い男だと理解した時には、そいつは馬鹿でかい剣を軽々と振って、魔物に叩きつけていた。
 予期しない攻撃に、魔物のやつは悲鳴を上げて逃走に転じた。追おうとしたが、体に力が入らなかった。白いやつが近寄ってきた。若い。多分、俺よりも若いだろう。ただ奇妙なまでに白い肌が目を引いた。
 なぜ追わないのかと、食って掛かろうとした俺に、やつは言った。
「戦いで全体を見れないやつは真っ先に死ぬ。出すぎても、退きすぎても駄目だ」
 おいおい、いくら助けたからって、まさか自分より年上相手にいくさの心得を説教するとはな。まだちょっとふらつくが、一発お見舞いしてやるか?
 だがそいつは俺をじっと見たまま動かない。なんだ、こいつ、目が紅い。それに、なんだか若さに似合わないなにかが……
「大事なのは間合い、そして退かぬ心だ」
「ああ? なにを言って……」
 だがやつは返事をしなかった。そのまま、どう、と前のめりに倒れやがったんだ。その背中には真一文字に走る傷。よく見るまでもない、致命傷だ。白い肌を覆う血の赤さが鮮烈だった。さっき俺をかばった時にか……?
「おおい、無事か?」
 はぐれていた仲間たちの声に、俺は舌打ちした。遅すぎるぜ。
 俺は仲間に担がれて、引き上げた。やつは死んだだろう。俺が殺したようなものか。
 なんてこった。