「人間だったんだなあ」
 フィニーは複雑な面持ちでつぶやきました。ミレイのことです。ずっとなにか別の生き物だと思い込んでいたのです。なにしろ大人と違って言葉をしゃべらないし、動き回らないし、その上、なんといっても純粋だったんですから。地上に来て長い割に、結構いろんなことにうといままだったのです。
 それでも人間の赤ん坊ですから、日々、どんどん大きくはなっていきます。まだよく分かっていない頃、フィニーはそれが不思議でなりませんでした。
「おい、そんな急いで大きくなることないだろ。そんな勢いじゃ、今にカゴから飛び出しちゃうぞ」
 そんな風に忠告したりしたものでした。それでも成長しているのだということは、なんとなく理解するようになっていました。
「なにになるんだろう? 今だって妖精よりは大きいから妖精じゃないよな。じゃあまさか精霊かな? こんな光を持っているならそうかもしれないぞ」
 ミレイがなにに成長するか、それはそれで楽しみではありました。
 そのフィニーが真相を知ったのは、こんななりゆきでした。話は少しさかのぼります。
 ある時、何年か街を離れたことがありました。ほんの二、三年、妖精にとっては大した時間ではありません。修道院にしばらく行けなくなるのは残念でしたが、それほど深刻な問題とはフィニーは思っていませんでした。
 旅から戻り、久しぶりに修道院を訪れたフィニーは、真っ先にカゴを探しました。でも、いつもあったはずの場所にはありません。ようやく見つけたものの、部屋の片隅に他のものと一緒に積み上げられ、中身は空でした。
「どこに行ったんだろう?」
 他にカゴは見当たりません。
「もしかして成長して出ていっちゃったんだろうか。何になったか分からないんじゃ、見つけられないぞ」
 なんだかひどく落ち込む気分でした。そんな調子でしたから、背後から駆け寄ってくる足音にも気付かなかったのです。不意に声がしました。
「あ、虫さん!」
 びっくりして振り向いたフィニーの前に幼いながら、自分の足でしっかりと立っている少女がいました。くりくりとしたその瞳に、フィニーは見覚えがありました。
「お前……ミレイか?」
「うん、そうだよ! 久しぶりだね!」
 そう言って笑う声は確かにあの赤ん坊のものでした。そこまできてようやくフィニーは悟りました。赤ん坊は“人間”だったのです。小さいながらちゃんと服を着て立ち、言葉を話す姿は紛れもなく人間のそれでした。その事実はフィニーを少なからず、たじろがせましたが、努めて面に出さないようにして、彼は言いました。
「あー、おほん、元気だったか?」
「うん、ねえ虫さん、あれやって!」
「僕は虫じゃない! ……あれってなんだ?」
「きらきら!」
 初め、なんのことか分かりませんでしたが、話を聞くうち思い出しました。それは別になにも特別なことはない、妖精の仕草に過ぎなかったのですが、それでもミレイが覚えていたことが嬉しいフィニーでした。もちろんそんなことは口にはしませんでしたけど。
「よし、それじゃ一回だけだからな。よく見てろよ」
 さっと飛び回ると、妖精の光が舞い散りました。


「わあ、きれいだね、ありがとう!」
 心の底からの笑顔に、改めて目の前の少女があの赤ん坊に間違いないと思うフィニーでした。先刻の言葉も忘れて、繰り返し飛び回るフィニーに、ミレイは大喜びでした。
 こうしてまた二人の交流は始まったのでした。
「ミレイもああなるのかな……」
 また何年かが過ぎました。妖精であるフィニーはまったく変わりがありません。でもミレイはまた背が伸びました。
 ミレイが人間だと分かった時、フィニーは複雑な気持ちでした。なにせ大人の人間が嫌いなんですから無理もありません。何年経ってもミレイの純真さには変わりがありませんでした。それでもいつか“あんな風に”なるのかと思うと気が滅入る思いでした。
「だいたい、なんだって、あんな面倒な仕組みなんだろう。手間ばかりかかって大変じゃないか」
 赤ん坊から生まれたりせず、最初から大人の姿で生まれれば楽だろうに、とも思いました。でもそれではあの愛らしい赤ん坊の姿は見れません。それはそれで嫌でした。
「どうして成長なんてするんだろう。妖精みたいにずっと同じでいられたらいいのに」
「あたしね、大きくなったら団長さんのおよめさんになるの!」
「はあ?」
 突然のミレイの言葉に、思わずフィニーは聞き返しました。団長さんというのは“女神”が選んだあの不死の若者のことでした。
「団長さんってかっこいいよね。それにあたしのこと助けてくれたんだよ」
 僕だって助けたじゃないか。フィニーは顔をしかめました。
「あのね、団長さんって、ふろうふしなんだって。ずっと生きてるってことなんだよね。だからミレイもずっと生きるの」
 なんであんな奴のこと、そんなに楽しそうに言うんだ。自分でも驚くほど、フィニーは機嫌が悪くなっていました。だいたい、僕の方がずっと長く一緒にいるのに……
「あんな奴、大した奴じゃないさ」
 そうさ、たまたま“女神”に選ばれたってだけで、いつも口答えと失敗ばかり……
「なんでそんなこと言うの? 虫さんのいじわる。いーっだ!」
 ミレイは舌を出して走っていってしまいました。ひとり取り残されたフィニーはとても苦い気持ちになりました。
「……今の僕、なんだか人間みたいだったな。僕の嫌いな人間みたいだった」
 ため息が漏れました。不死であれ“団長さん”とミレイは同じ人間。それは認めざるを得ない事実でした。
「僕は妖精だ。お勤めがなければ、本来ここにいるべきじゃないんだよな……」
 それでもフィニーは今のミレイが好きでした。ミレイが本当に大きくなってしまうとは、なんだか現実感のない絵空事のようで、どうしても信じられませんでした。
「ミレイを精霊郷に連れてってあげられたらなあ」
 妖精らしからぬ遠い目をしてフィニーはつぶやきました。
 ミレイが“団長さん”と一緒に冬の雪山に登ることになったのは、それからしばらくしてのことでした。