見渡す限り、廃墟が広がっておった。
 かつて王都ヴァレイだったもの。今は山なす瓦礫の連なり。
 あの日、空を暗黒が覆った。かつて都を襲った暗雲なんぞとは比べ物にならん、恐るべき闇じゃった。なにもかも喰らい尽くす貪欲な闇じゃった。魔物ですら、餌食になるか逃げ出すしかなかったんじゃ。
 世界は変わってしもうた。なにやら大事な柱が折れて、なにもかもひっくり返ったようじゃった。
 王都の城門たるわしは持ちこたえておった。しかし周りの城壁はほとんど残っておらん。こうなってはもう、門も意味がない。辺り一面の瓦礫は建物の墓場、わしはすでにして、敗北の証のようなものじゃった。
 それでも生きておったんじゃ。人間たちは。瓦礫の山から去ろうともせず、何かを待っておった。
 あの世界を覆った闇はまだ去ってはおらぬ。今この瞬間もそこら中でうごめいておる。わしに二本の足があっても、逃げ場所はなかろう。
 だが人間たちは諦めている訳ではなかったんじゃ。まったく驚かされるのう、人間というやつには。
 誰が呼びかけるでもなしに、ひとり、またひとりと廃墟の広場へと集まってくる。なにか見えない力に引かれているかのようじゃった。すぐに広場は群集で一杯になった。入りきれない者たちは、城壁の名残や、わしの上によじ登った。
 群集の中心に騎士団がおった。彼らも生き延びておったのじゃな。それにしても、事ここに至っては、彼らとてなにができようか? わしはいぶかった。
 だしぬけに大きな歓声が上がった。それが向けられた先に、あの白い男、団長がいた。彼が群集を見下ろす場所に上がると、群衆は静まり返った。人間だけじゃない。都中の残された建物までが聞き耳を立てておった。
 誰もがあの男の言葉を待っておったんじゃ。


「俺は……数え切れないほどの季節をこの世界で過ごしてきた!」
 白の男は長の歳月を生きることへの苦悩をぶちまけた。あらゆるものが自分の後ろに消えていくのだと。ああ、どれだけ長く生きてはいても、彼はやはり人間、わしらとは違う存在だったんじゃ。
 団長は過去と現在の話、そして未来の話をした。群集は堪えきれず、歓声を上げた。彼は叫んだ。
「世界を救うのは、たったひとりの英雄なんかじゃない!」
 人間の社会の仕組みはよく分からん。だが英雄というのは彼のような者を指すんじゃろう。時を超えた、半ば人間以上の身でありながら、彼はあえてひとりひとりの力が必要だと言った。望めば王にもなれたろうに。
「勝利は俺達の手に!」
 地を揺るがさんばかりの大喝采。わしの立つ石畳が震えた。とてつもない力のたぎり。これほどの力が、もろくはかない人間たちのうちより生じるとは、まったく驚きじゃった。
 思えば、大暗黒が都を襲ったとき、頼みの騎士団はおらなんだ。代わって都を守ったのは、普段、騎士団に守られていたはずの人間たちじゃった。かつて魔物からは逃げ出した人間たちが、その魔物よりも恐ろしい闇から都を守ったんじゃ。
 いやいや、そうではない。騎士団はおったんじゃ。見えない形で都の人間たちとつながっておった。そして都の人間たち、そして恐らくは他の街の人間たちを騎士団に変えた。
 今や、わしの眼前には騎士団と群集がいるのではなかった。彼らはひとつじゃった。
 彼らは騎士団になったんじゃ。
 その後はあまり語ることはないんじゃ。なにせ、わしの目の届かぬところで起きたことだからの。詳しいことは他でも語られておるじゃろうし、わしの知っとることも大差ない。
 ただもう一度だけ、空が暗くなり、騎士団がそこへ向かって出陣していくのをわしは見た。そして地平の彼方で光が閃き、消えたんじゃ。都に留まる誰もが、固唾を飲んでそちらを見つめておった。
 やがて空が明るくなり、すっかり元通りになった時、わしは世を騒がせていた災いが遠くに去って、もう二度と世界を悩ませることがないということを知ったんじゃ。
 人間たちもそれがわかったのじゃな。口々に喜びを叫んだ。じゃが、誰一人、その場から去ろうとはしなかった。みな待っておったんじゃ。
 そして、地平の彼方から、見覚えのある一団が戻ってくるのが見えた時、都はもう一度、割れんばかりの喝采に包まれたんじゃよ。
 先頭に二人の白い人影が見えた。互いに寄り添うようにしながら、こちらに手を振っておったっけなあ。